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秋紀行2008:九州新幹線初乗車と熊本城視察の旅
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作成日時 : 2008/12/03 00:30
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● 2008年11月25日(火)〜2008年11月27日(木)
●地図
★細川刑部(ぎょうぶ)邸と熊本城天守閣訪問の段
黒と白を基調とした重厚な趣のある天守閣である熊本城は、明治10(1877)年西南戦争により焼失し、現在の天守閣は、古い写真や絵地図などを基に、昭和35(1960)年に再建されたもので瓦の列や数まで細部にわたり表面復元。大天主の高さは、約32m、3層6階の建物で2層の千鳥波風(ちどりはふ)の上に唐波風(からはふ)を備えている。
天守閣の内部は現在熊本市の博物館の分館となっていて、肥後歴代藩主の武具や調度品のほか西南戦争の資料などが展示されている。
また、1階から3階にかけて市が熊本城整備費用を得る為、一口城主として整備費用を寄付した県内や県外の人たちの名札を掲げている
天守閣
細川刑部家は細川家3代(肥後藩初代)忠利公の弟、刑部少輔興孝が正保三年(1646)に二万五千石を与えられて興した
興孝は延宝6年(1678)に子飼(熊本市東子飼町)にお茶屋を作り後に下屋敷(下級武士の人たちが出入りする屋敷)としました。その後元禄年間や宝永年間にも造作が行われ一門としての格式を整えた
刑部家は代々「刑部」か「図書」を名乗り家禄1万石で活躍したそうです
旧細川刑部邸は建坪300坪(990平方b)あり長屋門をくぐると唐波風の玄関に至り、右手に客間があり、入側造りの表御書院、二階建ての「春松閣」(二階には上がれません)に至り、別棟は書斎のついた茶室「観川亭」、御宝蔵、台所があり、風雅な上級武家屋敷としての格式をもっています。
立派なお庭とすばらしい部屋さすが位の高いお武家さんの邸宅だなと思いました。
旧細川刑部邸入口の様子紅葉がとても綺麗でした
旧細川刑部邸入口前風景2
二の丸駐車場に通じる元太鼓櫓で門番をしていた猫氏えさを与えてはいけないそうです
二の丸広場の銀杏の木がとても綺麗でした
雨にもかかわらず公園の周りをランニングしている人がいました(頑張ってください・・・・・!)
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